【京丹後の食をつくるひと】vol.1 有機野菜をもっと身近に。楽しみながら野菜をつくる「てんとうむしばたけ」が目指すもの
京丹後で地元の方々からよく聞く「てんとうむしばたけ」という名前。梅本修さんが営む、無農薬、無化学肥料で野菜を作るオーガニック農場です。
てんとうむしばたけ(ビオ・ラビッツ株式会社)
梅本修さんとスタッフの皆さんが営む有機農場。「オーガニック野菜を通じて自然と人をつなげて、すべての人々に幸せと健康を届ける」ことを経営理念に野菜を作り、届けている。
京丹後の魅力のひとつといえば、なんといっても食。中でも「有機野菜」が日々当たり前のように食べられているのは、オーガニック先進国ではない日本ではまだ珍しいこと。京丹後の食の豊かさを物語っています。
てんとうむしばたけは、そんな京丹後の人々に愛される野菜を作る農家さん。
「オーガニック・スタンダード」を理念に掲げ、地元の学校給食に野菜を届けたり、農作業が体験できるイベントを企画したりと、有機野菜を身近に感じてほしいという想いで活動を続けています。
今回はここで働く清水紗穂里さんにお話を聞きました。
地域の産業廃棄物を再利用。循環させる「土づくり」
案内されたのは、広々した畑。約7ヘクタールという広大な規模で、無農薬、無化学肥料で野菜を育てているのは京都府内でも指折り。現在は9名のスタッフで畑を営んでいます。
「最近はAIを導入した農業も話題になっていますが、うちはその逆で、全部が人の手。スマートアグリの逆をいく “パワーアグリ” なんです」と笑う清水さん。野菜の横には、スタッフ手製の愛らしい看板が立っていて、こんなところにも人の手を感じます。
畑の横には、こんもりと大きな土山が。実はこれが、おいしい野菜の秘密です。
清水さん:
「私たちの畑に欠かせない土です。この土山の中に、微生物がたくさん生きていて、この土のおかげで野菜が元気に育ちます」
これはただの土ではなく、元々はこの地域で処分される予定だった草木などの産業廃棄物。うず高く積み上げられたそれらが、微生物により分解され、長い歳月をかけて土になったもの。
この土で野菜を作ることで、野菜がおいしくなるだけでなく、地域の資源が循環していく。畑ができた20年近く前から、そんなサステナブルな農業を続けているのです。
60年間にんじん嫌いだったおじいちゃんを変えた「にんじん」
取材に訪れた1月、畑で収穫を待っていたのは、にんじん。生のままひと口かじると、ふわりと華やかな香りが鼻に抜けました。
すっきりした甘さでくせがなく、カリッと軽快な歯ざわり。瑞々しくて、生のままで丸々1本食べられそうです。
清水さん:
「根菜は土の中で実が育つので、土の香りがダイレクトに味に伝わると言われています。なのでにんじんのおいしさは、まさに土づくりのたまもの。
スタッフの知り合いで、60年間にんじん嫌いだったというおじいちゃんが、「これはにんじんじゃない!」と言ってパクパク食べたそうです(笑)」
オーガニックだから食べるのじゃなく、純粋においしいから食べたくなる、その野菜がオーガニックであるということ。
それがてんとうむしばたけの考える「オーガニックスタンダード」の形で、土づくりから丹念に積み上げてきたからこその「おいしさ」に支えられているのです。
「暮らしを支えるものづくり」にあこがれて、農業の道へ
清水さんが、農業の道に入ったのは3年前。元は京都府南部の出身で、大学卒業後、会社員を経ててんとうむしばたけにやってきました。
清水さん:
「元々、漠然と『自然のあるところに暮らしたい』という思いがありました。最初は機械を作る会社に就職し、京都の郊外に引っ越して働いていたんですが、仕事も忙しく、気づいたら会社と家を往復するばかり。あれ、私のやりたかったことはこれでよかったんだっけ? とふと思ったんです」
就職して3〜4年経つと、UターンやIターンで地元に戻り、漁師をやったり、木工作家になったりと、進む道を変えていく友人の姿が目につくように。彼らのなりわいの形に、刺激を受けました。
清水さん:
「新卒で職を探していたときの求人サイトには、決してのっていなかったような仕事がたくさんあることを、友人たちの姿から知りました。
そうだ、私もそんな『暮らしを支えるものづくり』がしたかったんだと気づいたんです」
食を大事にする両親のもとで育ってきたことから、食への興味が人一倍あった清水さん。会社員時代も週末に畑を借りて野菜を育てるなど、農業に興味があり、もっと勉強したいという思いから、てんとうむしばたけに辿り着きました。
おいしさだけじゃない「野菜の魅力」を伝えたい
清水さんは今、てんとうむしばたけで「わくわく未来部」という部署に所属。
オーガニック野菜をもっと身近に感じてもらえるような企画や情報発信をしています。
清水さん:
「毎年秋には『収穫祭』と題して農業の体験イベントをやっています。自分たちの手で畑にさつまいもを植え、秋になったらそれを収穫して、焼き芋や蒸し芋にして食べるんです。青空の下で食べる野菜は本当においしいですよ。
親子で参加する方も多くて、子どもたちは畑の中を元気に走り回っています。都会ではなかなかできない体験なので、大阪や奈良からわざわざ足を運んでくれる人もいます」
ただ野菜を食べるだけでなく、土にふれたり、青空の下でごはんを食べたり。そんな畑での体験も含めて、有機野菜の魅力として伝えていきたいと清水さん。
学ぼうと思うのでなく、楽しみながら身についていく。そんな食育の形をめざして、これからもイベント企画を続けていきたいと話します。
楽しみながら作れば、きっと野菜はおいしくなる
そうやって「楽しむこと」は、スタッフさん自身も大切にしているそう。はじめて畑を訪ねた時から、ここで働く皆さんの明るい表情と、楽しそうな姿が印象的でした。
清水さん:
「自分たちが楽しんでやらなきゃ、育っていく野菜にも悪いなと思うんです。楽しく作れば、きっと野菜はおいしくなる。皆がそう思っているから、チームの雰囲気はすごくいいです」
スタッフは皆、元々農業経験者ではないそう。別の仕事を経て、ここにやってきた人が多くいろんなバックグラウンドがあるからこそ、面白いアイデアが集まります。
ここで働きながら養蜂をはじめたり、食堂で料理を作ったりと、農業プラスアルファのやりたいことに取り組んでいるスタッフも多いとか。個性を生かしてのびのびと野菜づくりに関われる環境が、野菜の味にも繋がっているのかもしれません。
取材中、スタッフさんの1人に「仕事は楽しいですか?」と尋ねたら「仕事というより、農作業は暮らしそのものみたいなもの」と話していました。
京丹後は、たくさんの「ものづくり」にふれられる町
自分の仕事に誇りを持って、魅力的なものづくりをする。てんとうむしばたけに限らず、京丹後にはそんな人が多いといいます。
清水さん自身も、休日には牡蠣漁をする漁師さんの現場を見に行ったり、米農家さんの田植えや稲刈りを手伝ったりしながら、興味の幅を広げています。
清水さん:
「会いに行ける距離に魅力的な仕事をする人がたくさんいるんです。そして、みんなオープンにその現場を見せてくれるのもこの町の人柄。おかげで、沢山の体験させてもらっています」
これからも野菜づくりを学びながら、自分にできるものづくりの形を模索していきたいと清水さん。
ただ自然が豊かなだけでなく、その恵みを生かした仕事を大切に続ける「人」がいる京丹後。ここでの暮らしは、清水さんがずっと憧れていたという「田舎暮らし」そのものなのかもしれません。
Writer:瀬谷 薫子
Writer & Editor|doyoubi店主
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