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生きた地域コミュニティってどうつくるの?──「“最先端の田舎”で学ぶ豊かなライフスタイル」

“最先端の田舎”で学ぶ豊かなライフスタイル

京丹後市には「最先端の田舎」を標榜するエリアがあります。

いったい何が「最先端」なのでしょうか。

そこには、町ぐるみで自ら暮らしを営むクリエイティブな生活と、住む人々を活気づける基盤としてのコミュニティ運営が根づいていました。

ハミルトン純子さん(Tabel)や青木美恵さん(自然耕房あおき)、奥大野地区長の川口勝彦さんらによる体験プログラムをご紹介します。

中山間地域に広がる、活気あふれる「ローカル」

大阪や京都市街から北上するとき、京丹後市の入り口に当たるのが旧大宮町です。

京丹後大宮駅(京都丹後鉄道)や京丹後大宮IC(現在、自動車専用道路の終点にあたる)があり、陸路で京丹後を訪れる方は必ず通るであろう交通の要衝でもあります。

駅周辺に広がるのは市街地の街並み。

そこから南西に少々移動すると、緑豊かな中山間地域の景観が広がります。

ここに「最先端の田舎」が存在するのです。

それは奥大野と呼ばれる地区です。

人口741人、319世帯(2022年4月時点)が暮らしています。

地域を率いるのは、長年公務員として活躍されてきた川口勝彦区長。

川口さんが描くビジョンこそが「最先端の田舎」です。

区長の川口勝彦さん(右)に連れられて、奥大野を散策する。川口さんは生まれてこの方、他の地域で暮らしたことがない一方、さまざまなエリアを視察してきたという

本プログラムでは、区長の川口さんによる地域案内、そして奥大野ならではのなりわいを営む青木美恵さんやハミルトン純子さんによる体験、さらに住民のみなさんとの交流・対話を行います。

ローカルでのリアルな暮らしや元気なコミュニティのあり方を知るとともに、この土地由来の価値を見つけることで、訪れる方々の第二の故郷となり得るフィールドを提供します。

【体験型学習プログラム「“最先端の田舎”で学ぶ、豊かなライフスタイル」】

■想定する対象者・グループ

・土地由来の価値を見つけ、活かす方法を知りたい方

・地域コミュニティのつながり方や円滑なコミュニケーションのあり方を学びたい方

・第二の故郷・実家のように関係できる地域を見つけたい方

・ご家族や、学生グループ、数名程度の企業などプロジェクトチームでのご利用

■行程(参考)

-13:00 集合・プログラム説明(tabel table)

-13:30 農地見学・収穫体験(自然耕房あおき)

-14:30 奥大野エリアフィールドワーク

-15:30 奥大野エリアのあゆみ紹介(楽農くらがきライスセンター)

-16:30 発酵ワークショップ(tabel table)

-18:00 ラップアップ

-18:30 夕食

-20:00 宿泊(base sanablend)

※所要時間は5時間程度〜

※ご要望に応じてプログラム内容は調整可能です

※隣接するSanablendの宿泊利用者は、夕食や朝食のご対応も可能です

■最小/最大催行人数

3~5名を想定

■参考価格

100,000円/1グループ(宿泊、夕食・朝食利用、5名程度を想定)

■開催場所

京都府京丹後市大宮町奥大野510

base sanablend / tabel table

■お問い合わせ

丹後リビングラボよりお問い合わせください

信念に沿った「なりわい」を起こせる場所

長年の土づくりにより微生物が育まれた豊かな土壌と、降雪による保湿効果によって、寒い冬でも立派な有機野菜を収穫できる

青木美恵さんは、農薬や化学肥料を使わない有機農業を、奥大野で行っています。

5haの広大な土地に150種類以上の季節の野菜や食用花(エディブルフラワー)が植えられ、本プログラムでも希望者は、農園を見学したり収穫体験を楽しむことができます。

青木さんは1999年に移住、家族で農業を続けてきました。

その野菜づくりの秘訣は、京丹後の風土と、手間隙をかけて微生物を育てる「炭素循環農法」によるもの。

広葉樹のチップや刈り草、籾殻、牡蠣殻などの地元の自然由来の素材を土に返しながら、時間をかけて土壌を豊かにして、野菜を育んでいます。

20年以上にわたる土づくりの結果、風味のある野菜は多くのファンに支持されており、野菜セットや加工品として提供されています。

自然耕房あおきの青木美恵さん

2015年にパートナーが亡くなってしまったとき、青木さんは奥大野を離れ故郷に戻ることを考えていたそうです。

当然、広大な土地を管理し、野菜を育て続けるのはひとりでは難しい。

しかし、それでも続けることができたのは、周囲のサポートがあったから。

さまざまな専門分野を持つ女性5名がメンバーとして加わり、地域も事業の継続のためにサポートを惜しまなかったそうです。

そして、2016年に株式会社となって「自然耕房あおき」は再出発しました。

京丹後の風土と周囲のつながりを活かし、地域を代表する農園になっています。

取材時は季節柄、ニンジンの収穫期だった。大ぶりで、めずらしい紫色など種類も豊富

tabel tableの目印となる看板。街道沿いに位置し、本プログラムの出発点・拠点となる場所だ

もうひとり、アイリッシュカフェ「tabel table(タベルテーブル)」を切り盛りするハミルトン純子さんは、「食」を通じた地域の魅力を発信し続けています。

ハミルトンさんも、元は移住者。

祖母が住んでいた奥大野は子どもの頃からゆかりが深く、2014年にアイルランド出身のパートナーと移住してきました。

ゲストハウス「base sanablend(ベース・サナブレンド)」の立ち上げに協力し、現在はその一角でアイルランドでの海外生活経験を活かしたカフェを営んでいます。

カフェにはキッチンスタジオが併設されており、「食」に関するさまざまなテーマでワークショップを開催したり、地域内外の人たちが出会う交流拠点にもなっています。

「麹を学ぶワークショップ」について説明するハミルトン純子さん(右)

今回のプログラムでも、発酵や味噌・麹づくりなど参加者の希望に応じたテーマで「食」に関するワークショップを体験できます。

自然耕房あおきさんで収穫した野菜を使い、奥深い発酵の世界を学んでみましょう。

幼い頃から料理が好きで、国内外でさまざまな食文化に触れてきたハミルトンさんだからこそできる、人間の身体にとって普遍的な「食」との向き合い方と、京丹後あるいは奥大野ならではの食文化に触れることができるのです。

ワークショップでは、農園で収穫した野菜に発酵調味料をつけて食べ比べしたり、米麹から塩麹と醤油麹をつくる体験を楽しむことができる

青木さんもハミルトンさんも、奥大野に移り住み、今では地域の環境や風土を存分に活かした事業を展開しています。

共通するのは、ご自身の想いや、かねてからやりたかったことを実現している点。

さらには、自然や食との共生を追求し、あえて手間をかけたり時間の経過を要するアプローチに挑んでいること。

これは都市で生活する多くの人にとって、ふだんは見落としがちな観点かもしれません。

しかし、自分のペースで生きる・暮らすおふたりの姿勢に触れることで自身の生活を見つめ直したり、自身の仕事にも還元される気づきがきっとあるはずです。

関わりしろと経済圏をつくる

移住者の暮らしや事業化をサポートしてきたのは地域の人々。

おふたりは、特に「川口区長の存在が大きかった」と仰います。

奥大野では、90年代末という早い時期から地域外とのつながりやファンづくりに力を入れ、田舎暮らし体験(たとえば「農ームステイ」!)などのテーマでツアーや教育旅行を提供してきました。

加えてビジネスパーソンを取り込み、現在でいうワーケーションにもいち早く力を入れるなかで、この地域に惹かれた新たな移住者が現れはじめます。

その実数は、1999年から2022年までのおよそ20年あまりで25世帯55名にも及びます。

そんな移住者が、また新たな地域を支えるプレイヤーとなっているのは前述のとおり。

この地で新たに法人化する企業へのサポートも、川口さんは労を惜しみません。

それぞれがやりたいことと、空き家をはじめとする地域の資源をうまく結びつけ、時には出資も行いながら、事業の自立を後押しします。

「そういう環境づくりをするのが私の仕事」と川口さん。

奥大野では実に30以上もの行事・イベントが年間で開かれています。

新しく関わる人たちが羽を伸ばせる状態をつくり、地域のつながりに自然と溶け込んでいくしくみができあがっているのです。

たとえば、今ではハミルトンさん以上に、アイルランド出身のパートナーが地域のみなさんと仲良くなり、お酒を飲み交わしたり、畑仕事に汗を流しているそうです。

そのほか、地域の住民・事業者向けに、講師を招いての経営セミナーを無料で開催するなど、1人ひとりが学ぶ機会も提供しています。

自分たちで日々の暮らしとコミュニティをつくる、究極のクリエイティブタウン

では、かつての奥大野エリアはそうではなかったのでしょうか。

川口さんによると「よそから見たら、金がないし、仕事もない地域だった」とのこと。

しかし、住民が幸せを感じるには日々のコミュニケーションが肝だと考え、川口さんは、人と人とが出会う環境づくり、活躍の機会や役割づくりに努めてきました。

地域づくりのはじまりは、今から27年前にさかのぼります。

1995年に「村づくり委員会」を立ち上げたことがきっかけとなり、地域での交流が深まっていきます。

たとえば委員会発足直後の1995年から続く「花いっぱい運動」。住民が連携して季節の花々を栽培し、沿道に配置するなど、地域の景観を彩る原動力になっています。

ビニールシート一面に広がる花壇。住民によって季節の花々が栽培され、沿道など地域の景観を彩る

また、約20年ほど前から、住民の提案を機に桜の植樹活動がスタート。桜の苗が植えられた小高い山は、今では「倉垣桜公園」と名づけられ、春になるとおよそ1,000本が咲き誇る桜の名所となりました。毎年「桜祭り」が開かれ、地域内外から多くの人が集まるイベントとなっています。

ちなみに桜は1本3,000円のオーナー制度を導入。地元の住民を中心とした出資によって管理費を賄うなど、持続可能なしくみを採用しています。

1,000本の桜が植えられ、およそ3,000株のツツジが自生する「倉垣桜公園」の入り口。春になると小さな山一面が花の見頃を迎える

「村づくり委員会」以来、さまざまな活動が生まれて、地域団体がいくつも発足しました。

前述のツアー等の交流機会も、その流れの一部に当たります。

関わりの余地ができたことで、住んでいる人たちの意識が次第に変わり、現在でいう「共助」が根づいた地域へと発展していきます。

現在では、防犯や防災、福祉といったテーマから、野球やバスケットなどのスポーツ・サークル活動まで、合わせて17のグループが活動しています。

そのうちの1つが農事組合法人「楽農くらがき」です。

2002年に発足し、現在は21名の組合員が参加しています。主力は、定年退職したシニア世代の住民のみなさんです。減農薬栽培による米づくりを行い、今では「倉垣しあわせ米」というブランドで一般販売しています。

「楽農くらがき」事務所で川口さんからお話を伺う。組合員のみなさんは、作業後にここで親睦を深めるのが楽しみなんだとか。本プログラムでも地域の人々との交流する企画が可能とのこと

元々この法人は、地域でのワークショップを機に発足しました。

地域の農業を次世代につなぐことを目指して、かつて奥大野に広がっていた遊休農地を水田に転換してきました。

以前は耕作放棄地が目立っていたエリアの景観も、今では見違えるように手入れされた里山があたり一帯に広がっています。

倉垣桜公園の山の頂上から臨む奥大野の田園風景。「楽農くらがき」の取り組みをはじめ、住民が手入れしてきた里山が美しい

さらに地域ワークショップからはじまった最近の取り組みもあります。

そのひとつが、地域セーフティネット強化のしくみ。スマートスピーカーを高齢世帯に配布し、見守りサービスとしてAIを活用するというものです。

孤立を防ぎ、独居の人たちも含めたつながりを地域一帯でサポートしていくしくみが、どのような成果を見せるのか、非常に注目されるところです。

こうした他には例を見ないような取り組みは、企業の関心を呼ぶところかもしれません。

生活に根ざしたテーマであれば、共通の問いを掲げて探索したり、共創したり、実証実験を行ったり、という機会も考えられそうです。

30年近い年月をかけて、地域の内外を問わず人々を巻き込み、関係と経済が循環するしくみをつくりあげてきた奥大野エリア。

意欲的なテーマを持つ人たちがさらに関わることで、「最先端の田舎」へのチャレンジはこれからますます加速していくことでしょう。

みなさんも、ぜひその一端を担いに、足を運んでみてください。

本プログラムの夕べは、さながら懇親会のよう。ハミルトンさんお手製の素敵な料理を囲みながら、交流が続く。楽しむことがなによりの潤滑油なのかもしれない

文責:白井 洸祐(丹後リビングラボ/IDL)

体験提供者

Tabel
ハミルトン純子 Junko Hamilton

丹後リビングラボと連携することで、これまで繋がりにくかった人々にも丹後の魅力を広く発信していけるのではないかと考えています。